通信系の利得計算

出典: Wikimura

CANSATでは、市販されているハンディタイプの無線機を分解し、中身だけを搭載する機体が多いようです。無線自体が難しいのもあるかもしれませんが、短い開発期間の中で、無線機の試験をパスするのが大変だからかと思われます。

市販品を使うにあたって、電波が充分に届くかを調べなくてはなりません。ここでは、CANSAT側に搭載する無線機、ALINCO社のDJ-S42の送信出力から、地上局でどの程度の感度が必要かを考えます。

目次

理論

無線で電波の到達を考えるときは、送信機側で送られた電力が、どの程度送られるかで考えます。 ただ、電磁気の現象は複雑なもので、環境が変われば同じ装置でも到達の仕方は変わります。 そこで、簡単なモデルで電力の伝わり方を考えるようです。エネルギーはどこかに消えてしまうことはありません。そこで、電力がどのように流れるかを考えることで、送信側から受信側へどの程度流れるかを考えます。


等方アンテナ(Isotropic antenna)

電力は空間を伝わるにつれ広がり、減衰(全体の量は変わらなくても密度は薄くなる)していきます。 この問題は厳密に電磁気の問題を解けば分かるでしょうが、簡易的に取り扱いたいものです。

現実のアンテナのように、方向によって性質が変わるものは扱いが面倒です。 そこで、等方性を持つ仮想的なアンテナ「等方アンテナ」を考えることで、電波の広がりによる減衰を考えるのだそうです。

等方アンテナとは、球状に電波が広がるアンテナです。距離方向の性質だけわかればよいので扱いやすくなっています。アンテナへ電力P[W]が流れ込んでいるとき、アンテナ中心から距離D[m]はなれた位置における電力(密度)PD[W / m2]は次式で与えられます。

P_D = \frac{P}{4 \pi D^2} \mathrm{[W/m^2]}

アンテナ利得の表し方の1つとして、等方アンテナの電力に対する比(デシベル表示)を使って表す「絶対利得」があります。等方アンテナ基準であることを示すために、単位は「dBi」で表します。

Friisの伝送公式

送信機から送られる電力と受信機へ伝わる電力の関係を表したのが、Friisの伝送公式です。

Friisの伝送公式では受信アンテナの実効(有効)面積というものが出てきます。ダイポールでいう実効長に相当するものです。正直よく分からないのですが...理解は今後に。 資料によれば、受信アンテナの実効面積AR[m2]は、受信アンテナの絶対利得をGR[dBi]、波長をλ[m] とすると、次式で表されます。なお、こうした式の中では、利得はデシベルではなく「~倍」の形で計算します。

 A_R = \frac{ \lambda^2}{ 4 \pi}\ G_R \ \mathrm{[m^2]}

さて、送信機からPT[W]の電力を送るとします。 送信アンテナからD[m]離れた地点での電力密度PD[W / m2]は次式で与えられます。

 P_D = \frac{ P_T}{ 4 \pi D^2}\ G_T \ \mathrm{[W/m^2]}

受信アンテナが拾う電力PR[W]は、その有効面積と電力密度の積で与えられます。従って、PRは次式で与えられます。 資料の丸写しになってしまいますが...これがFrissの伝達公式と呼ばれるものです。


P_R = A_R P_D = \left\{ \frac{ \lambda }{ 4 \pi D} \right\}^2 G_R G_T P_T\ \mathrm{[W]}

なお、GFは「自由空間基本伝播利得」といい、LBは「自由空間基本伝播損失と言うそうです。 電波が空間に広がるために生じる減衰を、それぞれ利得と損失の形で表したものです。


G_F \equiv \left\{ \frac{ \lambda }{ 4 \pi D} \right\}^2


L_B \equiv \left\{ \frac{ 4 \pi D}{ \lambda } \right\}^2

評価方法

一般的なCANSAT同様、私たちのチームもサブキャリア変調を使います。 デジタルデータを音声帯域のFSK(1200bps)へ変調し、これを無線機のマイク端子へ入力することで、データを送信しようというものです。

この方式で「電波が到達する」と言えるためには、受信側へ到達した信号がノイズに埋もれないことが必要になります。ノイズのある信号を聞き取るには、信号とノイズの比が「聞き取れるとみなせる基準以上」であることが必要です。

従って受信機の感度は、「受信信号とノイズの比が基準以上になるための受信電力(電圧)」で表されます。こう書くと分かりにくいですが...

  • 2台の無線機が送信アンテナから一直線上に並んでいる
  • どちらも同程度の聞き取りやすさである

と言われたら、遠くにある方がが感度が良いと考えるはずです。 遠くということは、受信電力は小さくなります。

ここでは、受信感度である「SINAD感度」について示します。

SINAD(SIgnal to Noise And Distortion)

信号がノイズに埋もれていない程度を表す指標です。 SINADは、受信機における受信電圧V[V]、ノイズ電圧N[V]、歪み電圧D[V]を用いて次式で表されます。 単にS/N比が良くても、歪みが大きいとだめだと言っています。


SINAD = \frac{V + N + D}{ N + D}


SINAD感度

FM受信機の受信感度を表すときに使われる指標です。 SINADが規定値となったときの受信電圧または電力で表されます。 規定値は周波数帯によって異なるそうです。 信号の条件も、変調度と被変調波の周波数が規定されているそうです。

今回使用する無線機では、SINAD=12[dB]となる受信電圧でSINAD感度を表していました。 これを「12dB-SINAD」と呼ぶそうです。音声の場合、SINADが12[dB]あれば聞き取ることができ、それ以下では聞きづらくなるのだそうです。

DJ-S42のデータシートには、「12dB-SINADは - 15dBμ以下」 と書かれていました。dBμということは、電圧ではなく、電力の形で書かれているようです。この無線機はインピーダンスZ = 50[Ω]なので、受信電圧(実効値)V[V]の形にしてみます。


P = \frac{ V^2}{ Z } \mathrm{[W]}


10 \log \left( \frac{P }{10^{-6} \mathrm{[W]}} \right) \le -16 \mathrm{[dB\mu(50\Omega)]}


P \le 25.12 \mathrm{[nW]}


V \le 1.121 \mathrm{[mV]}

これが意味するところをよく理解していないのですが... 「SINADが12dBになるために必要な受信電力は - 15[dBμ]以下です」言っているようです。 これは無線機の性能のワーストケースを表していると考えています。「最悪でもこの受信電圧を確保できる限り、常に12dB SINADを達成できます」という意味でしょうか。確認が必要です。

通信可能性の調べ方

FM無線機の場合、以下のような考え方をするようです。

  1. Friisの伝送公式から送信電力と受信電力の関係を求める
  2. SINAD感度とアンテナインピーダンスから、必要なSINADを得るのに必要な最低の受信電力を求める
  3. 電力や距離などのパラメータを設定し、上記の関係から検討する

モデムICであるFX614では、S/N比が20dB以上必要とのことなので、これも考慮しなくてはならない。

実際に検討してみる

普通は送受信機の選定のために計算するのでしょうが、今回はDJ-S42を送受信に使うという設定で考えてみます。まずは、ベストの状態でどこまで届くか、つまり通信し得る最小の受信電力が届く距離D[m]を検討します。

DJ-S42同士の場合

まずは、トランシーバ同士が通信を行う際、どの程度までなら音声が聞き取れるかを計算してみます。

DJ-S42諸元
項目 記号 根拠
周波数 f 430MHz帯 データシートより
波長 λ 0.697[m] λ = c / f
送信電力 PT 1[W] データシートより
送信アンテナ利得 GT 2.15[dBi] 430MHzで使われるロッドアンテナの例より([6]の商品)
受信感度 PR - 15[dBμ] データシートより
受信アンテナ利得 GR 2.15[dBi] 430MHzで使われるロッドアンテナの例より([6]の商品)

Friisの伝送公式にこれらを当てはめると、許容される損失が得られます。


P_R = G_R + G_T + P_T - L_B \ge -15\mathrm{[dB\mu]} = -75\mathrm{[dB]}


L_B \le 80.3\mathrm{[dB]}

ここで、デシベル表示の自由空間基本伝播損失と距離の関係が次式で与えられます。


L_B = 10 \log \left\{ \frac{4 \pi D}{\lambda}  \right\}^2 \mathrm{[dB]}


D = \frac{\lambda}{4 \pi} 10^{ L_B / 20 } \mathrm{[m]}

その結果、届きうる距離は次式で与えられます。


D \le 574.7\mathrm{[m]}

意外と短いです。参考文献[7]のCGIで計算したところ、同じ結果が出たので間違ってはいないようですが... 最高でここまでとなると、通常はもっと環境が悪いので厳しいです。 過去に実際に試した際、700m程届いたという話を聞いています。 どういった基準で判断したかは分かりませんが、計算結果のオーダー(桁)は間違っていないことは分かりました。 実際、計算したのはワースト値なので上回る分には問題ないと考えています。

上空4kmから降ってくるCANSATからの電波を受信するにはまだ足りません。より出力が大きい送信機、感度の良い受信機、そして利得の大きなアンテナが必要です。

実際のところ、過去の例で4km程度まで到達すれば通信できるという報告がありました。5Wの送信機、八木アンテナなどを組み合わせれば、なんとか通信できるはずです。

(一部計算にミスがあったので修正)

必要な利得を求める

今度は、地上局からある程度離れた距離からでも聞き取れるためのアンテナ利得を決定します。 ここでは、受信機の感度は先程と同じ値を使用します。というのもこの帯域の無線機は、 12dB-SINADが - 15[dBμW] = - 75[dBW]程度だからです。

受信アンテナの絶対感度GR[dBi]を、距離で表してみます。


G_R \ge L_B - G_T - P_T -75 \mathrm{[dB_i]}


L_B = 10 \log \left\{ \frac{4 \pi D}{\lambda}  \right\}^2 \mathrm{[dB]}


G_R \ge 10 \log \left\{ \frac{4 \pi D}{\lambda}  \right\}^2 \mathrm -77.15 \mathrm{[dB_i]}

CANSATでは4km上空まで打ちあがり、15km位流されると聞いています。そこで、20kmほど離れても通信できれば合格だと設定します。これで計算を行うと、次式のようになります。


G_R \ge 34.0 \mathrm{[dB_i]}

相当な高指向性アンテナが必要になってしまいました。 元々無茶な設定なのでこうなるとは思いましたが...

ただ、12dB-SINADというのはあくまで目安です。 FSKのように周波数さえ弁別できれば良い場合、S/N比がある程度確保できれば大丈夫かもしれません。そこを検討しないことには、安全係数の高すぎる設計になってしまいそうです。

コメント

質問、要望などどうぞ(現状では研究室メンバのみです。著者自身も書きます)

  • DJ-S12で計算していたのですが...430MHz帯を使うモデルはDJ-S42でした。計算しなおしです。
  • 送信5W、八木アンテナで受信の構成では5km程飛びそうです。具体的な数値で検討してみます。
  • 他大の経験談を聞くと、1Wどころか0.5W程度でも届くらしいです。スペック上では(音声が聞き取れないという意味で)届かないが、FSKやASKといったデジタル変調では、エラーが起こるものの辛うじて弁別が可能なのかもしれません。また、感度が保証されている値以上あるのかもしれません。いずれにせよ、品質を度外視すれば1WでもOKだそうです。
  • ALINCO社のDJ-S47L、430MHz帯 5Wトランシーバを採用することに決まりました。
  • モデムICのFX614では、SN比が20dB以上必要だそうです。12dB-SINADで考えた時より厳しいのでしょうか。
  • FFTを使ったFSK復調では、SN比が0dB以下でもエラーレートがほぼ0%だそうです(資料失念)。STM32を使ってモデムを作ろうと考えています。今年は厳しいので、誰か引き継いでくれると良いのですが..
  • 12dB-SINADでノイズが分母にありましたが、あれは何のノイズなのでしょうか。測定の仕方が空間のノイズを考えていないような気がしたので...電子回路が元々持つノイズでしょうか。ノイズとゆがみの最悪値と、これに入力電圧を加えた信号の比がSINADなのでしょうか。だとすると、普通は空間からもノイズが入るのだから、もっと厳しくなる? (実際はこれを理論上の最悪値とするような、安全係数が多少付いた回路を作るはずだから、実機は逆に距離が伸びるのでしょうか...分からないことばかりです)
  • 通信可能距離の計算に少しミスがありました。伝送損失≦「79.3dB」としていたのは間違いで、正しくは80.3dBでした。計算しなおしています。


参考文献

  1. 電波って何?
  2. SINAD
  3. Wiki(英語) SINAD
  4. 無線機特性試験
  5. 12dB-SINADの測定について
  6. 無線アンテナの絶対利得例
  7. 自由空間における電界強度と受信電力の計算
個人用ツール